ランドセルの歴史 昭和13年から昭和20年までの、ランドセル製造メーカーと業界の動向
昭和13年、皮革物資の民需使用の制限が、公布されたことを、先の項で、見てきました。これを受け、鞄業界のメーカー、卸、問屋など
は、昭和17年に、この公布に対し、ランドセル、ひいては学用品産業の活性化につなげるべく、当時の状況を監督官庁へ陳情と、学用品
の製造に関する嘆願書を提出しました。
即ち、「戦時中は、極端なる物資欠乏のため、・・・(中略)・・・殆ど全滅の状態となり、全く混乱の極みに達したが、我が鞄嚢業界は
擬革、布帛を主材とする各種製品五十余団体の中心となって政府当局に対し、吾々の製品の必要性を訴える結果、背嚢および、学童用
手提鞄等を第一次製品として、その必需性を認識させ、擬革、布帛等の主材料は勿論、付属金具其の他の配給を受け、布帛部門に於い
ては原糸の割当があり、之に依って必要なる布帛を指定生産せしめて組合員に適正なる配給を行った。・・・(中略)・・・背嚢と学生鞄
の為に鞄嚢業界は他の業界に比して誠に恵まれたる業界といわれた。」
この資料からもわかる通り、昭和13年から昭和17年まで、鞄業界は不遇の時代であったが、業界団体の努力により、背嚢
(ランドセル)、学生鞄に関しては、第一次製品の認定をうけることができ、これらの製品は、材料の配給を受けることができるようになり、
物資不足の戦時下において恵まれた産業といわしめるまでになったことが伺えます。従来、戦時下は、悲観的な見方が支配的であった
が、資料収集をおこなうことで、当時、鞄業界は、おおきな努力をおこなっていたことが資料からわかります。
参考文献 東京鞄協会編 昭和31年 『東京鞄業界沿革史』p.p.148〜149
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